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第72回 雪の上のクモ
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冬の森を散策していると、よく雪面を歩いているクモを目にします。
小さなものなので、気をつけていないと見過ごしてしまいがちですが、
ちょっと注意していると、結構な確率で出逢える存在です。
昆虫やクモ類というと、春から秋の、雪のない季節にのみ現れるもの、
そんな印象は、おそらく多くの人に共通のものだとも思います。
ところが意外なことに、すべての虫やクモ類が休眠しているわけではなく、
厳しい冬のさなか、雪氷の上を、元気にに闊歩する種類がいるのです。
その代表選手は、カワゲラの仲間であるセッケイカワゲラでしょう。
「雪解虫」「雪渓虫」「雪虫」などとも呼ばれる、
この黒い雪の上の虫のことは、第23回でも御紹介しました。
冬のクモ類も、セッケイカワゲラに負けず劣らず、
元気いっぱい、実に活発に雪の上を歩いています。
クモの仲間は種類が多く、種の同定(識別)は容易ではありません。
私が奥入瀬や蔦の森でよく目にする冬グモ類には、
どうも3〜4種はありそうですが、どれがどれとはいえない状態です。
ちゃんと探せば、当然もっといることでしょう。どんな種が見られるのか、
せめて代表的なものだけでも知りたいとは思っているのですが、
目下のところは「おっ、またいたゾー!」と
ただたんに出逢いを楽しむだけにとどまっています。

このタイプは、おそらくサラグモ科の一種でしょう。
(ひとくちにそういっても、ものすごくたくさんの種類がいるのですが)
ぱっと見て、すぐに目を引かれるのは、
頭の先にくっついた二つのコブのような突起ですね。
ちょうどカオのあたりに二つあるので、
見ようによっては、飛び出した目玉のようにも思えます。
もちろんクモの目はこんなふうに外に飛び出したりはしていません。
普通、8個の目(4個や6個のものもいます)が
頭胸部(とうきょうぶ)と呼ばれる、
いわば上半身の先端にあたる部分ついています。
写真でもわかる通り、
クモは頭胸部と腹部の2つの部分からなっています。
そして脚は体の側面にそれぞれ4ツずつ、8本です。
(昆虫は6本脚。ここがクモが「昆虫」ではない所以のひとつですね)
目玉のように見える突起は、昆虫でいう触覚のようですが、
クモは触覚を持ちません。
これは脚(肢)が変化したもので、触肢(しょくし)と呼ばれます。
目玉でないというのなら「こぶとりじいいさん」のほっぺたにくっついた
あの大きなコブのよう、とでもいいたくなる、このまるいふくらみは、
すなわち触肢の先端部分にあたるわけですが、
これがオスのクモの特徴なのです。
この器官、実はスポイトのようになっていて、
精子を蓄える袋となっているのです……などといわれても「?」ですね。
クモの交尾は、ちょっと変わっています。
彼らは直接交接することをせずに、
オスは触肢に入れた精子を、メスの生殖孔に受け渡すのです。
成熟したオスは、交尾の前になると小さな網を作り、
そこへ生殖孔から放出した精子を垂らすと、触肢で吸い上げます。
そうして精子の詰まった触肢の先端を、
メスの生殖孔へと挿入するのです。

こちらはおそらくヒメグモ科の一種でしょうか。
(あまり自信がありません)
先のサラグモ類に較べると、
体や脚に独特の模様があり、たくさん毛が生えていて、
なんとなくタランチュラを想わせる姿をしていますね。
先のサラグモ類がすたすたと雪上を歩いていくのに対し、
こちらはのそのそといった比較的鈍重なイメージ。
でも写真を撮ろうとカメラを近づけると嫌がって、
結構なスピードで去っていきました。
なかなかじっとしていてはくれません。
こちらも触肢の先がまるくふくらんでいるようです。
きっとこれもオスグモなのでしょう。
この毛むくじゃらで、まだら模様をしたクモも、
雪の上でよく見かけるタイプです。
このほかにも、全身薄い茶色一色の、
おそらくカニグモの一種と思われるものも目にします。
さて、多くのクモは、地中に潜って冬を越すといわれますが、
彼らはなにゆえに雪の上を歩きまわっているのでしょう。
雪氷の上は、一見何もない無機質な世界のようにも思え、
しかも寒さ厳しく、小さな生きものなど、
とても棲めない場所のようにも思えます。
ところが雪の表面には、
実はたくさんの花粉やタネ、胞子などが落ちているのです。
そしてバクテリアや藻の一種も繁殖しているといわれます。
それらを糧とするカワゲラやトビムシなどの昆虫類が生息し、
ゆえにそれを餌とするクモ類もまた生きていけるというわけです。
雪上には、想像以上に豊かな世界が広がっているのでしょう。
何処へ行こうとしてるのか、何をしようとしているのか、
彼らのサイズ的には広大無辺な雪原にも等しい森のなかを、
せっせせっせと懸命に歩いている冬のクモたちの姿を目にするたび、
思い及ばぬ雪の国の神秘を、
ほんの少し、垣間見たような心持ちになることがあるのです。


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